「原子力船」
2026-9-1
「原子力船」と言うと皆さんはどの様なイメージを持つのでしょうか?筆者の世代では、原子力船「むつ」が思い浮かび、就航してほどなく放射線漏れを起こして、不運な船との印象があります。また学生時代には原子力船の授業を受け、神戸の商船学校には原子動力学科もあった事が思い出されますが、完全に終わった技術かなと思っていました。
そんな原子力船に再び脚光が当たっている様です。それは、主に以下の理由によります。
⚫︎環境問題で二酸化炭素を排出せず、脱炭素社会の実現に貢献する
⚫︎次世代革新炉の1つである小型モジュール炉(SMR)の早期実用化が見込まれている
⚫︎米国の造船業復活策を考えると、競争力を持つためには今と同じ技術では中国等に太刀打ち不可の為、原子力が重要な役割を果たす可能性がある
1.小型モジュール炉(SMR)
ここで重要なのが小型モジュール炉(SMR:Small Modular Reactor)と言うものです。
1基あたりの電気出力が300MW以下で、電気出力が1,000MW程度である原子炉と比較して以下のメリットがあるとされています。
1)SMRのメリット
⚫︎大型の原子炉と比較して安全性を確保しやすい
SMRは炉心が小さく、事故発生時、自然循環で冷却が可能とされている。日本原子力研究開発機構が開発を進めるナトリウム冷却高速炉では、事故時に制御棒が重力で落下し、自然に核反応が止まるシステムが想定されている。
⚫︎設置が比較的容易で建設コストを抑えられる
Small Modularと言うくらいなので、工場で多くの部材をユニットとして製造し、現地ではそのユニットを組み立てて設置出来る。この為、設置の工期が短縮され、初期費用の低減により建設コストの抑制が見込まれる。
⚫︎設置場所の柔軟性が高い
小型でモジュール性がある為、設置場所を比較的柔軟に選べるメリットがある。加えて発電での利用目的の他、寒さの厳しい地域での熱供給、遠隔地(離島や山間部)での小規模なグリッド電源等の活用が期待されている。
以上のメリットから船舶用の動力に利用可能性が考えられている。
一方で以下の様なデメリット・課題もある。
2)SMRのデメリット
⚫︎実用化に向けて開発の途上にある
SMRは技術開発の途上にあり、安全基準の確立も検討段階。従来の原子炉とは構造が異なる為、新たなサプライチェーンも確立する必要がある。
⚫︎大型炉と比較してスケールメリットを受けられない
小型なので、大型化によるスケールメリットは受けられない。また、初期コストは押さえられるが、1基当たりの収益は悪くなる。
2.原子力船の実現性(将来性)
本当に原子力船は実現性があるのか?を考えて見たいと思います。筆者は実現性があると思っています。と言いますか、そうなった場合、日本にはそれなりに以下のAdvantageがあると思っているからです。
1)原子力船のAdvantage
⚫︎原子力船「むつ」の実績とその航海データがある
⚫︎推進プラントとしてタービンが採用されると考えられるが、我々日本のMarine Engineerはタービンプラントを扱い慣れている。
(注)実際には、タービン発電機で電気を発生させて、電気推進船になると考えられる。
日本だけではありませんが、一般的なメリットとして、
⚫︎燃料の補給を殆どしなくて良い。
⚫︎メンテナンスが容易かつ効率的になる。
⚫︎一定以上の大型船では、載貨量が増加する(排気装置や燃料タンクSpaceが不要)
⚫︎運航速度も上昇する(燃費を考える必要が無い)
但し、原子力船とする場合、以下の問題点も
2)原子力船の問題点
⚫︎寄港地の受け入れ体制の未整備
⚫︎唯一の戦争被爆国、東京電力福島第一原発の事故等、日本には原子力アレルギーが根強く存在する。(これは日本だけでは無いと思いますが。)
以上、新たな原子力船の可能性に関して述べてみました。
環境問題で新燃料(代替燃料)の課題を我々海運界は克服して行かなければなりませんが、新燃料として原子力も1つの選択肢に成り得る可能性を秘めている事を頭の片隅に入れておく必要があると思いますが、会員の皆さんはどの様にお考えでしょうか?
以上
(参考1)神戸商船大学商船学部原子力動力学科
1972年(昭和47年)4月に定員40名にて創設され、1990年(平成2年)3月まで18年間、この学科があった。当時、国としても原子力船の将来を有望視していたと思われます。
(参考2)原子力船「むつ」
本船に関しては、それなりに年月が経過しましたので、本船を知らない会員諸兄もいらっしゃると思います。以下に本船の辿った概略を記載して置きます。
1972年8月25日竣工 建造造船所:IHI東京第2工場
1974年8月28日 出力上昇試験が開始され、臨界に達した。
1974年9月1日 試験航行中に原子炉上部の遮蔽リングで、主として高速中性子が漏れる「放射線漏れ」が発生。これは原子炉内の核燃料(放射性物質)が流出する「放射能漏れ」とは異なる。
しかしながら、このTroubleにより、地元青森県むつ市の住民が本船の大湊港への寄港を拒否し、洋上に漂泊。
1975年6月 長崎県佐世保市が「むつ」の受入れを表明
1978年 佐世保市への回航・修理決定。10月16日佐世保港に到着
1980年8月~1982年6月末 放射線の遮蔽性の回収工事を実施
1982年8月に一旦大湊港へ戻る
その後、母港の変更があり、陸奥湾側の大湊から津軽海峡側の関根浜港とした。
1990年 関根浜港にて低出力運転の試験と4度の試験航海、出力上昇試験と海上公試を実施。
1992年2月にかけて全ての航海を終了
1993年5~7月 使用済核燃料を取り出し
1995年6月 原子炉室を撤去して、海洋科学技術センターに船体が引渡された
「むつ」は1年間の試験航海中原子力で地球2周以上の距離を航行した
1996年8月21日 海洋地球研究船「みらい」として就航
※注1
「むつ」を改造した海洋地球研究船「みらい」は、昨2025年12月に退役した。「みらい」として28年間、「むつ」から数えると54年の任務を終えた。
なお、そのバトンを引き継ぐ船として日本初の砕氷機能を持つ北極域研究船「みらいII」が本年11月に竣工予定となっている。
※注2
「むつ」が重さ約4.2kgの「ウラン235」で航行した距離を「むつ」と同等のディーゼル船で航行すると約5,000tonの重油が必要となるとある記事にありました。
(参考3)本文章を発表しようとした矢先の8月28日、業界新聞に原子力船の記事が掲載されました。その見出しには、IAEA(国際原子力機関)「海運の原子力導入促進」とあり「IMOと連携 法制度統一へ」とありました。
記事によれば、IAEAが8月26日、海上輸送への原子力導入促進に向けたイニシアチブ「ATLAS」を正式に始動させたとありました。世界が原子力船開発に向けて動き出したようです。もし、この分野が有望であれば(あると思いますが)、是非「むつ」の経験と原子力発電施設を持つ日本が世界の先頭に立って業界を牽引して貰いたいと思います。また、民間商船に加えて浮体式原子力発電所(FNPP)との記述もあり、この様な発電所も考えられるんだなと思った次第です。